2012年2月27日月曜日

無料で凄いデスクトップに変身させるカスタマイズツール

Windows7や、vista、XP、Macのデスクトップをカスタマイズするフリーソフト・ツールをまとめます。背景や、時計、カレンダーなどのアイコン、マスコットが壁紙を歩きまわるなど、様々なカスタムができますが、その中でも人気のツールは沢山あります。是非参考にしてみて下さい。



デスクトップをキレイに整理することが主な目的のツール。デスクトップ上にフェンスを作成し、ショートカットをエリア毎に分ける事ができる。

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http://www.stardock.com/products/fences/





Rainmeter
Windows用の定番デスクトップカスタマイズツール。パソコンのリソース情報やその他ネットからの情報を、簡単にデスクトップに表示させることが可能。

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http://rainmeter.net/cms/






数多くのプラグインが用意されており、機能性の拡張もかなり自由。Windows7でも使用でき、ユーザ提供によるプラグインが今も増え続けている。

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http://www.samurize.com/modules/news/





デスクトップをキレイに整理することが主な目的のツールです。デスクトップ上にフェンスを作成し、この種類のショートカットはここのエリア、このタイプはこっちのエリアという風に、整理整頓が簡単にできます。

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http://www.stardock.com/products/fences/





BumpTop
3Dの部屋を上からのぞいているような空間をデスクトップとして利用できるソフトで、今までにない操作感を楽しめる。

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http://bumptop.en.softonic.com/







RocketDock
RocketDock
Windowsを、MacOSXのようなドック形式にカスタマイズすることが出来るツール。Vistaであれば、今見ているウインドウのプレビューも最小化してドックに置けるので、見たい時にすぐ開けて便利。

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http://rocketdock.softonic.jp/





AveDesk
Dockletと呼ばれるプラグインと連携することにより、デスクトップ上にいろんな情報を表示するためのソフトウェア。時計・天気・HDD、CPU使用率など表示可能。

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http://www.avedesk.org/avedesk/




SysMetrix
様々な情報をデスクトップに表示できるツール。時刻・日付・メモリ使用量・シャットダウンや再起動の操作などが出来る。スキンも数多く配布されている。

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http://jp.downpanda.com/sysmetrix-19177.html






DesktopSidebar
Windows Vistaに搭載されているサイドバー風の、様々な情報を表示することができるデスクトップサイドバー。株価・RSSリーダー・メールチェッカー・メッセンジャー・メディアプレイヤーなどが表示可能。

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http://www.gigafree.net/utility/desk/desktopsidebar.html



Windows XPを、Windows Vista風にするためのアプリケーションツール。ウィジェットを追加したり、Vista風にスタートメニューを設定したりすることが可能。

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http://www.transformxptovista.com/







ウィンドウを立体表示できるソフト。立体化したウィンドウは透明度を設定できる他、傾き角度や位置なども自由に変更できる。また、優先度の高いウィンドウは、立体化から除外する設定にしておけば、更に便利に使える。

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http://www.ksky.ne.jp/~seahorse/mtate2/




システム表示ソフト。時計(デジタル、アナログ)、CPU・メモリ・ネットワーク・HDDなど。SamurizeやRainmeterにも似ている。レジストリは使用していない。

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http://park8.wakwak.com/~akabei/index.html

Lupina
デスクトップ上に様々なツールを表示するアプリケーション。クリップボード拡張機能・メモリ掃除機能やメールチェック機能等の付加機能などがある。

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http://hp.vector.co.jp/authors/VA044582/#0






Deskloops
アプリケーションウィンドウを切り替えるツール。ドーナツ状に仮想デスクトップを配置している。ウィンドウのサムネイルを表示させれば直接移動も可能。アニメーションが新鮮。

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http://www.freewarefiles.com/Deskloops_program_14839.html




Y'z shadow
出典taej1.jp
タスクバーやウィンドウに影を付けることが出来るツール。メニューバーの透過などが可能。

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http://www.geocities.jp/sch_net/download.htm







GeekTool
Mac専用のデスクトップカスタムツール。システム情報、テキストファイル、画像、グラフ、その他の情報を、Macのデスクトップ上に表示させる事ができる。

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「悔しいね、おいしいところは外資にとられた」=桃源社故佐佐木吉之助氏の思い出—1兆円をなくした男のビジネス観

img163_R先週アゴラに亡くなった桃源社社長の佐佐木吉之助氏(写真)をめぐる記事を寄稿した。この人物はバブルの時代、資産を1兆円持ち、それを全部なくした人物だ。この記事は多くの方に読んでいただいた。記者のできる死者への慰霊は、その方の真意を多くの方に伝えることと思う。彼を知っていただいたことはありがたい。佐佐木氏のご冥福を祈る。

彼と私の付き合った2006年から09年までは、アメリカで不動産バブルが発生・崩壊し、日本にもその余波があった。彼はその時代の変化をユニークな感覚で見つめていた。前回の寄稿では、佐佐木氏の金銭観と人生観についてまとめたが、今回は彼のビジネス観を、私の解釈を最小限にして再録してみる。同意しない点が多いものの、新しい気づきを得られることもたびたびあった。

「リスクを取るのが商売、他人の金で勝負する奴と一緒にするな」

彼は商売で自分だけの「こだわり」があった。すべてを失った結果を見れば滑稽さも伴うが、その言葉を聞いてみよう。桃源社は08年時点で存続していた。巨額の負債はどうなったのかと私は聞いた。

「不思議に思うでしょ。あんなにたたかれたのに倒産してないんだから。いろいろとしがらみがあるから、つぶしたがらない人もいる。つぶすことになったら、私は見たことをあらいざらい話すつもりだから困る人もいるだろう。「どの程度負債があるのか」と、いつも聞かれるけど「霧の中」ということにしておいてください。ふっふっふっ」。

ライブドア社長の堀江貴文氏が世の中の注目を集めていた06年1月に、佐佐木氏と六本木ヒルズで会った。私は堀江氏に取材した時に「佐佐木さんと似た虚無的なところがある」と感想を抱き、佐佐木氏に伝えた。すると、こんな返事をした。

「ばかいっちゃいけないよ、一緒にしないでくれ。俺は自分の金でリスクを取って商売したんだ。今は人の金を利用しようとする奴が跋扈してる。堀江なんてその典型さ。彼は外資の金使って踊っただけ。ただし姿は違うけれども、俺のように「高転び」すると思うよ。この国では「出る杭は打たれる」ものさ。国や銀行、闇の世界にカネをむしり取られるだろうな」

「高転びする」という予想はその通りになり、その1週間後に堀江氏は逮捕された。

「日本人がババを引く形でバブルは崩壊する」

2006年に東京では地価が持ち直すミニバブルが起こっていた。周囲に建設中のビルの多かった東京・六本木ヒルズで、佐佐木氏は次のようなことを言った。2008年のサブプライムローンのショックを予見していたかのようだった。

「バブル最盛期から地価は3分の1で2000兆円が失われた。こんな金、日本にはないんだよ。今の時価の上昇は海外発のもので、金の流れが止まれば終わり。アメリカの不動産の加熱ぶりは危ういね。日本のバブルみたいだ。アメリカの市況が崩れたら終わる。それは近いよ。日本人がババ抜きのババを引く形で不動産バブルは崩壊するんじゃないかな」

以下は多少ゆがんだ陰謀論めいた考えではあるが、佐佐木氏は外国マネー主導の日本の不動産ビジネスを苦々しげに話していた。

「俺は「バブル」という言葉が嫌いだった。資産価値の拡大と言っていた。失われた富2000兆円は本当にもったいない。あの時代、日本人誰もが潤ったじゃないか。拡大にブレーキをかけるにしても、やり方はあった。政府は景気に急ブレーキをかける最悪の政策をやったんだ」

「不良債権はプロが見れば宝の山。おいしいところはみんな外資に取られた。俺のつくったビルも、開発した土地もだよ。悔しいね。3年前に面白いことがあった。ある外資が俺に日本の窓口になれと話を持ちかけてきた。京都の神社仏閣や老舗旅館の財務内容を調べ尽くして「安く買える」とね。俺は断った。日本人だからね。けれど金になりそうな不動産を詳細に調査しているのはたまげた。日本のダメな不動産屋たちは負けると思ったよ」

「バブルの処理なんて終わっていないさ。今の財政悪化はバブル処理に金をつぎ込んだ結果だろ。数年のうちに火をふくさ。ヒルズとか、汐留とか、最近の大規模の開発を見ると、高層ビルが城壁みたいに囲んで外資とその「手先」が事務所を構えている。植民地みたいだ。バブル敗戦の後で、ハゲタカの国際金融資本に「軍隊なき占領」を受けている。奴らは儲からなくなったら別の国に行ってしまうよ。日本人に何も残さないで」

「俺に500億円あったなら…日本を面白くできるのに」

彼は町づくりにもこだわりがあった。以下は2008年に聞いた話だ。

「今の不動産屋の下手な商売をみると、どうにかしたくなるよ。俺に500億円あったら、日本を面白く改造できるんだけどなあ。頭にいろいろアイデアがあるんだけど、面倒になった。寄る年波にも勝てないしね」

「日本の夜は面白くないんだ。俺は夜遊びは嫌いだけど、仕事のために夜の街を観察したよ。東京の繁華街は夜の8時以降は、飲み屋以外では人の流れが止まる。街はイベントを増やして、祝祭のような場をつくらなければダメなんだ。不動産の商売のコツは、人の流れと集まる場、そしてそこに金の落ちる仕組みを作ることだ」

「酒、うまい食い物、異性、華やかさ、最先端の流行をそろえる場に人は集まる。これは古今東西変わらない。外国の繁華街にはクラブ、カジノが必ずある。そういう「装置」を置いても、注意深くコントロールすれば街の風格を下品にせずにすむ。それに必ず付いてくる「闇の勢力」も経営者の断固たる意志があれば排除できる。実際に俺はそうした。サラリーマンのディベロッパーには知恵とリスクを取る度胸がないんだ」

「バブルの後で、日本全体がおかしくなった。特に東京以外は衰退がひどいものだ。土地が有効に利用されていないよ。農地や山林が補助金を吸い取っているのにほったらかされている。日本は美しい。世界でこれほどきれいな国はないよ。この国土をなぜ有効に使えないのかね。日本のモノ作りの強さが続くのはあと数年さ。その間に、知恵で価値をつくらなければならない。その一つは観光だね」

「リスクを取る人」をつぶしたことで何が起こったか?

けれども、彼は日本でビジネスはもうできないとも話した。

「俺はもう外資の侵略とも戦う気はないよ。他の誰かがやってくれ。俺は日本は好きだが、政府は嫌いだ。こんな国じゃまともな商売はできないさ。俺は国に見せしめのために捕まった。桃源社は普通の経済活動しかしていない。それを検察は国会の偽証という微罪にひっかけた。税金で不良債権を処理するために、「いけにえ」が必要だった。それに俺が選ばれたわけだ。桃源社の捜査費用は6億円だったそうだ。もっと役立つことに税金を使え。ばかばかしい」

「裁判所も役所も検察・警察も不動産のことを何も知らない。俺は150件の民事・刑事事件を抱えて、35人の弁護士を使った。不動産裁判では、なりたくもなかったのに、日本有数の権威になってしまった。(笑)不動産を取引したこともない裁判官や役人が、明治時代の取引を前提にした法律を使って判断する。不動産や建築のルールを整備しないと、まともな商売ができない。恣意的な「人治」が行われる。それなのに日本政府は外資に甘い。奴らはやりたい放題だ」

「愚かな役人に土地という大切なものを触らせちゃだめだ。日本は持てる力を使いこなしていない。君(筆者)は、俺を虚無的と言う。確かにそんな人間だけれど、日本の先行きは、一人の日本人として心配しているよ」

私は記者として経済ニュースの現場を見てきた。逮捕された金融コンサルタントの木村剛氏は雑誌時代の上司だったという印象的な経験もあった。多くの経済事件を調べると、当局の法適用の「恣意性」があり、また政策のミスが繰り返されていることを知った。そして正義を語る世論が「悪い奴を懲らしめろ」と熱くなり、検察・警察がそれに応えて荒っぽい捜査をすることが繰り返された。

すると経済活動の中で面白い人が年ごとに少なくなっていった。誰もリスクを積極的に取らず、萎縮するようになっていった。日本経済に活気がなくなっている一因はここにあるのかもしれない。

そうした経験から私は「正義を語る人」を警戒し、「悪人」とされても、その人に直接アプローチして判断するようにしている。リスクを取りすぎて「高転び」した、変な人ではあっても決して「悪人」とは言い切れなかった、佐佐木氏の姿を思い出しながら。

佐佐木氏のご冥福を祈る。

石井孝明

資産1兆円を持った男の見た世界=桃源社の故佐佐木吉之助社長の思い出—「私の人生は貧しいものだった」

佐佐木氏写真

佐佐木吉之助氏(写真)が昨年9月に亡くなったという。バブル経済最盛期、自分の全株保有する資本金1000万円の会社「桃源社」が145の不動産を所有。その含み益が1兆円となり、米経済誌『フォーブス』の1989年調査で世界12位の富豪になった人物だ。その後に地価暴落の中で繰り返しメディアに登場。国会などでの偽証罪で刑事訴追され、ビルは全部手放した。バブルの凄さと怖さを体験した人だ。享年79歳だった。

私は晩年少し交際があったが、1月の週刊新潮の報道までその事実を知らなかった。ご冥福を祈る。

「あなたは何のために1兆円を稼いだのか」。彼を題材にしようとしてある著名ノンフィクション作家が彼に取材を続け、こんなことを聞いたそうだ。誰でも、この疑問を彼に抱くだろう。

佐佐木氏はこの作家が嫌いだったそうだ。そこで「分かんねえよ」と、つっけんどんな態度で答えた。その作家は佐佐木氏に怒り、取材を止めてしまった。

しかし「この答え本心なんだ」と私に話していた。彼はバブルの時代に、また資産を失ったときに何を考えたのか。読者の皆さまも、今後の私も「資産1兆円を持ち、なくした男」に出会う可能性は少ないだろう。私の解釈を加えずに、彼のユニークな言葉を再録してみる。

「俺は大きな意志に踊らされていたピエロ」

「何で金持ちになったのか。そして資産を全部なくしたのか。この力がどこから来たのか、自分でもよく分かんないんだ。俺は物欲も権力欲も金銭欲もない。うまい物を食べ、いい女をはべらせ、贅沢三昧することにまったく興味はない。医者だから放蕩を続けたら健康を害することは分かっていた。自分の限界を試したいという思いは当時少しあった。今になってこんなに資産を作って、全部なくして、映画のような出来事ばかりを繰り返してすごい人生だなと一人で笑っている」

「何も考えずに行き当たりばったりでやっていた。今になって振り返ると、運命がこんな状況を作り上げたんだと思う。俺は一種の「ピエロ」。何か大きな時代の意志に踊らされていたんだ。不動産なんてやりたくなかったんだ」

「俺をつぶしたものは何かと考えるけど、やはり人間の嫉妬と欲望が大きいんじゃないかな。儲かっている人間をつぶして、金を奪おうという集合意志が働いたのさ。俺は政官財暴のあらゆる勢力から目の敵にされた。成り上がりのディベロッパーに対する反感なんだろうな」

「あのバブルの時代、欲望をありのままに出す人間が多くて、嫌だったけど面白いと思ったことも多かった。俺の周りにすり寄ってきたのは金の亡者ばかりだ。株取引疑惑で98年に自殺した代議士の新井将敬もちょっかいを出してきた。彼の場合はかわいいワル。闇の世界から政治家まで「化け物」だらけだった。そうした奴らは大嫌いだけど、人間らしいと笑いながらみていたよ」

虚無的な発想と独特の理想が同居した不思議な人物

一連の発言から分かるように、彼は世の中を冷笑する虚無的な面のある人物だった。しかし人間とは不思議なもので、佐佐木氏の中には倫理観や理想も、独特の形で同居していた。

「桃源社の名前は、陶淵明の詩「桃花源記」に出てくる不老不死の理想の地「桃源郷」から取ったのさ。俺、慶應の医学部で成績は良くて、研究者として残れと誘われた。けれど医学界の束縛がいやだった。70年ごろ、今あるようなカルテの情報管理とか、海洋の生物や物質の薬や医療への利用を考え、金を稼いでそれに投資をしようとした。医学の役に立ちたかったんだ。不動産は儲けやすかったんで始めたが、それが本業になったんだよ。俺にロマンチックな面があることは、あまり知られていないけどね」

「なんでバブルの責任が俺個人に追及されるか、分かんないね。俺は全額返せなかったけど、返済に最大限の努力をして、それはノンバンクなどの貸し手から評価をいただいている。世間は知らないだろうし、信じないだろうけど、商売での信用を大切にした。マスコミは「反省しているか」と聞くが、あんたらには関係ないだろと言い返している。それは個人の内心の問題だ。俺は他人に迷惑をかけないように必死に頑張った。それを認めてくれる人もいる。それでいいじゃないか」

「俺の財産を狙ったあくどい奴の顔が200人ぐらい浮かぶねえ。ただし世の中はうまく出来ているよ。その9割が社会的に10年経つと破滅していた。老子の「天網恢々疎にして漏らさず」という言葉はその通りだ」

また佐佐木氏には人間くさいところもあった。趣味は作詞。見せていただいたが、私は演歌の歌詞の質は判断できないものの、「昭和の演歌」で素人目でみても明らかに上手ではなかった。

真のリッチマンとは?—「俺は貧しい人生だった」

私は彼を中心にしたルポルタージュを書こうとしていた。息子さんが30歳で2008年に突然亡くなる悲劇があり、また佐佐木氏が体調を崩してそれは中断してしまった。

彼を中心に時代を描きたいと思ったのは、彼の虚無的な思考が、バブルの時代の根底にあった「時代精神」とつながっていたように思えたためだ。私は71年生まれでバブルの時代は高校生、大学生だった。個人でバブル経済を体験しなかったが、大人たちが浮かれ続けた不思議な時代であったと、今振り返ると思う。

金がただ金を生み続けた時代。そこには思想や倫理がなかった。その重要な演者の佐佐木氏は「社会のため」という言葉を冷笑する虚無的な人物だった。このつながりを私は興味深く感じる。

同時に佐佐木氏は不思議な面を持っていた。冷血漢というわけではなかった。私は違和感、不快感を抱く点があったものの、佐佐木氏の体験や独特の思考を知ることは楽しかった。心が深く通い合ったという感じはなかったが、何度か面会し嫌われてはいなかったと思う。

また佐佐木氏と交流のあった2006年から09年は日本での不動産、株の新興市場のミニバブルが発生、崩壊した時期だった。彼は不動産市況の動きを的確に分析し、その鋭さには「さすが」と思った。その見立てを聞き、経済記者として分析に使った。

最愛の一人息子がなくなる悲劇の後で、2008年に会った時、墓前へ備えてくださいと私が花を渡すと涙ぐんだ。そして次のような言葉を聞いた。

「事業が膨らんでいるときも、うれしいとか、楽しいという感覚はなかったねえ。そもそも生まれてきたのが不幸だと思っている人間だ。心の中にはすべてを醒めてみる「虚無感」が巣食っている。それで息子もいなくなった。人生なんて本当につまらんものさ」

「真のリッチマンというのは、精神的にも、時間的にも、空間的にも、自由な人間であると思う。俺はすべて対極にあった。寝る間もないまま働き続け、どこにも移動できず、精神は仕事に拘束され、つくったビルも全部なくなった。本当に貧しい人生だったと思うよ」

こうした言葉に「そんなに自分を卑下しなくても…」と私が言うと、「そう思うから仕方がない。君も俺の変な人生から人の生きる意味を考えてみてはどうかね」と言われた。私は考えているが答えは出ない。おそらく考え続けても出ないだろうが、佐佐木氏の人生はさまざまな思索の材料を提供するだろう。

佐佐木氏のご冥福を心から祈る。

石井孝明