「感動」を生むサービスでファンを獲得
ザ・リッツ・カールトン――顧客サービスにまつわる多くの「神話」を生み出してきたホテルとして知られる存在だ。
1つの有名なエピソードがある。米国・カリフォルニア州の海辺にあるザ・リッツ・カールトンで、従業員が1人の若い男性から椅子を貸してほしいと懇願された。理由を聞くと、海辺で彼女にプロポーズをするためとのこと。そこで従業員は、自らの判断で急ぎタキシードに着替えるとともに、浜辺には椅子とテーブルを準備。テーブルの上には一輪の花と冷えた上等のシャンパンを用意し、テーブルの傍にはハンカチを敷いた。プロポーズの際に跪けるようにするためだ。
こうした「感動」を生むサービスが評判を呼び、ザ・リッツ・カールトンは世界中で多くのファンを獲得している。
国内でも同ホテルに対する評価は高く、1997年5月に大阪で開業したザ・リッツ・カールトン大阪で営業統括支配人を務め、現在、HAYASHIDA-CS総研の会長職にある林田正光氏によると、300床クラスのホテルの多くは年間売上高が約70億円程度に留まっているのに対して、292床の同ホテルでは実に120億円という高業績を達成したという。
大塚商会は2月6~8日、ITを活用した業務支援をテーマにしたイベント「実践ソリューションフェア2008」を開催した。同イベントで講演を行った林田氏は、顧客満足度(CS)の重要性について話した。多くの市場が成熟化する中で、CSは次の競争を勝ち抜くための切り札といえそうだ。
個々のスタッフが智恵を絞りCS向上を実現
ザ・リッツ・カールトン大阪では、開業にあたって約600億円にのぼる大規模な設備投資を行った。顧客の舌を満足させられるよう、腕利きのシェフもそろえた。ただし、林田氏によると同ホテルのこだわりは、あくまでも従業員のサービスにあるという。
では、なぜサービスにこだわるのか。その理由は明解だ。
「ホテルは何度も利用してもらうもの。設備や料理でも確かに感動してもらえるが、利用を重ねると感動が薄れてしまう。だが、サービスにおいては感動が薄れることはない」
ザ・リッツ・カールトンでは、サービスによって他のホテルと差別化を図るとともに、満足以上の「感動」を与えられるサービスを実現すべく、スタッフ教育を徹底している。「商品の差別化を図ることが難しい他の業界でも、顧客サービスの重要性は共通するはず」と、林田氏。
だが、サービス向上に向けたスタッフの意識改革は一筋縄ではいかなかったようだ。
開業にあたり、4000名の応募者の中から600人のスタッフを厳選して採用し、1カ月以上をかけてトレーニングを実施。その後も顧客にとっての快適さとは何なのか、を具体的にかみ砕いてスタッフに伝えた。サービス向上にはスタッフの人間力を磨くことが不可欠と考え、一流のサービスや製品に触れることで感性に磨きをかけるよう促してきた。
「当初、私自身も感動につながるサービスとは何かを十分に理解できていなかった。しかし、スタッフとともに試行錯誤を重ねることで、“声にならない顧客の要求を先読みする力”という解にたどりつくことができた。満足できるサービスレベルに達するまで、約3年が必要だった」
スタッフがサービスを行うにあたり共通の価値観のベースとなっているのが、全リッツ・カールトンのスタッフが携帯している「クレド」と呼ばれるカードである。クレドにはスタッフの行動の指針となる使命がまとめられている。
ただし、クレドに記されているものはあくまでも基本方針。実際の現場では個々のスタッフが自分なりの最適なサービスを提供する必要がある。その意味で、同社の顧客サービスがこれほど高く評価されているのは、各スタッフが顧客サービスの向上に頭をひねってきた成果ということができるだろう。
顧客の無理にもノーとは言わない
社員のやる気を引き出す仕組みも整備されている。同ホテルでは3カ月ごとに、社内の全32セクションからそれぞれ最も評価されるべきスタッフを選出し、その中から5名を「ファイブスター社員」として表彰する制度を設けている。ファイブスター社員は胸にバッチを付けることが許され、客を含めて誰もがそのことを把握することができる。
「誇りを持って働ける職場環境を整えれば、スタッフのモチベーションを向上させ能力をさらに引き出せる。表彰制度は社員の行動を積極化させる仕掛けの1つ」
顧客サービスにはスタッフのホスピタリティを欠かすことができない。それは次の8つから成るという。(1)感謝の心、(2)誠実な心、(3)思いやりの心、(4)謙虚な心、(5)愛の心、(6)忠誠の心、(7)使命感の心、(8)奉仕の心――だ。これらを基にしたザ・リッツ・カールトンならではのサービスポリシーが、「ノーと言わないサービス」である。
「要求に対して、機械的に対応することは誰でもできるだろう。しかし、それでは満足なサービスとは決して言えない。たとえ無理な頼みごとでも、単にノーというのではなく、代案を考えることが求められるのだ」
全客室が予約で埋まっている日、宿泊できないかと電話を寄せてきた顧客に対しては、まずは感謝の心を伝えるとともに、残念ながら予約で埋まっている旨を伝えるとともに、代わりにこちらでホテルの手配をさせてもらえないかと相談する。こうした、顧客の側に立ったサービスが感動を生み、ザ・リッツ・カールトンのファンを生み出すわけだ。
そして「口コミ」によって、そのサービスの良さを広げ、客足をさらに獲得するという取り組みが、同社の販売戦略の柱となっている。顧客1人1人の嗜好を綿密に記録しているのもまさにそのため。他のホテルの多くがサービス料を10%と設定しているのに対して、13%と高めに設定できているのもサービス向上に務めてきた賜物だ。
ファン獲得が差別化の重要な要素に
CSの向上はザ・リッツ・カールトン収益面以外でもさまざまなメリットをもたらしている。
「CSが高まれば企業価値が向上し、良い人材が集まるようになる。必然的に安定したサービスの提供が可能になることに加え、企業防衛にもなる」
バブル崩壊後、多くのホテルが赤字に陥り、買収によってその名を変えざるを得ないところも少なくなかった。CSを高めることができれば、利益を上げる仕組みが整えられ、そうした事態を免れることができるというわけだ。
大阪に続き、2007年3月には東京ミッドタウンで開業。ここでも感動を呼ぶサービスがさまざまな媒体で取り上げられている。ひいては、他ホテルとの差別化にもつながっている。
ともあれ、いずれの企業にとっても、ファンはいわば社外で自社のメリットを発信する営業スタッフともいうべき大切な存在だ。その育成に戦略的に取組む同社から学ぶべきことは、多くの企業にとって少なくなさそうだ。
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