中小企業の4割以上が利用
「昨年来お願いしてきました静岡県A市の温泉旅館群の新会社設立計画について、当初は2012年3月末までに事業計画書の提出をお願いしていましたが、もう少し期限を延ばしていただいてもけっこうです。いい計画書を書いてください」
新春早々、新宿に事務所を構える事業再生コンサルタント・庄子興(中央総合事務所)のもとに、A市の地元にあるB信用金庫の担当者から電話が入った。
庄子は、不況とともにズルズルと売上げが減少してきたA市内の旅館組合からの依頼を受けて、これまで個々に営業してきた旅館群を一つにまとめる運営会社をつくり、経営を効率化してこの窮地を脱しよう、という事業再生スキームを描いている。
同時にそれは、各旅館に対して不良債権をもつB信用金庫にとっても、健全取引先を確保するための良策となる。つまり、債務者・債権者双方にとって「ウイン・ウイン」の関係をつくる、画期的なスキームだった。
とはいえ、このスキームを完成するためには、当初の信用金庫側の言い分では「2012年3月末までに新会社の事業計画書をつくれ」ということだった。それ以降になると、各旅館がもつ債務返済の条件変更が難しくなるため、新会社への移行が難しいという見解だ。
このように債務者が有利になるような通達を、金融機関側から知らせてくることは珍しい。なぜ今回、B信用金庫は庄子に対して、こんな連絡をしてきたのか。
「これが金融円滑化法再々延長の効果なのか」
庄子は、そう納得する以外になかった。
昨年末、年の瀬も押し詰まった12月26日になって突然、金融庁から発表された「金融円滑化法の2012年4月から1年間の再々延長」。それまで金融機関関係者や関係議員の口から出る言葉は「そもそも時限立法である金融円滑化法の再々延長はない」という否定的なトーン一色だったために、金融関係者や中小企業経営者を驚かせるには十分だった。
周知のように、金融円滑化法の正式名称は「中小企業者等に対する金融の円滑化を図るための臨時措置に関する法律」。その名のとおり、この法律の内容は、金融機関から融資を受けた債務の返済条件を変更(リスケジュール)して、一時的に利子支払いだけにするとか、金利を変えずに返済額を引き下げるなど、前代未聞の「平成の徳政令」だった。
2009年の9月、政権交代が起こり誕生した鳩山内閣のもとで金融担当大臣となったのは、国民新党の亀井静香だった。亀井の発案により、新政権の中小企業政策の目玉として11月30日に、半ば強引にこの法律が可決成立したことは記憶に新しい。
識者のあいだからは「世界の金融市場の常識としてありえない」「日本の金融システムの信用が失墜する」といわれながらも、その日から中小企業経営者にとっては、まさに福音となった。
今回の再々延長策は、庄子からみると「やめようにもやめられなかった」と映る。庄子は、その背景をこう解説する。
「2011年9月末までのデータで、返済条件の変更を申し出た件数は全国で245万6,000件余りです。この申請が認められたのは、225万4,000件余り。これは会社数ではなく、金融機関への申し込み数ですから、一社で二行に申し込んだとして、全国で約120万社近くがこの法律の恩恵に与ったことになります。これは、全国の企業数の何割かわかりますか?」
国税庁が発表した平成22年度の法人税の申告件数は、全国で276万2,000件。これは大企業も含めた法人数だから、中小企業に関していえば4割以上がこの法律を利用して、返済条件の変更をしていることになる。
言葉を換えれば、これだけの企業が、経営状況が「青色吐息」なのだ。庄子が続ける。
「この状態をみたら、金融庁もいきなりこの法律を終了するわけにはいかなかったのでしょう。企業に対する延命措置というよりも、金融庁の市場判断に甘さがあったということになるのではないでしょうか」
あるいは別の見方もある。
現在、中小企業向けの融資は、そのほとんどが保証協会の保証付き債務だ。総債務残高は約37兆円にのぼる。そのうち、中小企業の約4割が円滑化法を利用している状況下で、不良債権化の恐れがある債務は約7割、21兆円にものぼるといわれている。
バブル崩壊後の住専問題に際しても、約21兆円の不良債権が問題となったが、これにはまだ「土地・不動産」という担保があった。担保の不動産を売却することで、国の負担額は約7,000億円で済んだ。
ところが円滑化法でリスケジュールしている債権には、売却できるような担保は保証されていない。ここで円滑化法を終了してしまったら、民主党政権はこの「隠れ債務」により、致命的な巨額債務を負うことになる。
それが、再々延長の理由ともいわれている。
突きつけられる「死亡宣告」
ところが、この法律の再々延長の裏で、こんな通達が金融庁から出されていることもまた事実だ。
「金融円滑化法に基づく金融監督に関する指針」
金融庁は、2011年4月の段階で、副題に「コンサルティング機能の発揮にあたり、金融機関が果たすべき具体的な役割」と題された、この通達を全金融機関に出している。
そこでは、「最適なソリューションの提案」として、以下のように語られている。
「金融機関は、債務者の経営課題を把握、分析し、事業の持続可能性等を適切かつ慎重に見極めた上で、その類型に応じて適時に最適なソリューションを提案する」
言い方はソフトだが、ここで語られる「類型」の最下層に入れられたら、それははっきりいって「金融機関による廃業勧告」となる。
「事業の持続可能性等の類型」は三つに分類せよ、と指針はいう。
その1、経営改善が必要な債務者(自助努力によって経営改善が見込まれる債務者)
その2、事業再生や業種転換が必要な債務者(抜本的な事業再生や業種転換により経営改善が見込まれる債務者)
その3、事業の持続可能性が見込まれない債務者(事業の存続がいたずらに長引くことで、かえって経営者の生活再建や当該債務者の取引先の事業等に悪影響が見込まれる債務者)
その2、事業再生や業種転換が必要な債務者(抜本的な事業再生や業種転換により経営改善が見込まれる債務者)
その3、事業の持続可能性が見込まれない債務者(事業の存続がいたずらに長引くことで、かえって経営者の生活再建や当該債務者の取引先の事業等に悪影響が見込まれる債務者)
指針によれば、金融機関は独自の判断によって、融資先の債務者をこの三つに分類できる。
そして、それぞれの類型債務者に対して金融機関が提案するべきソリューションは、
その1、ビジネスマッチングや技術開発支援、貸し付け条件の変更
その2、貸し付け条件の変更、各種事業再生スキームの活用
その3、債務整理等を前提とした債務者の再起に向けた助言、債務者が自主廃業を選択する場合の取引先対応を含めた円滑な処理への協力
その2、貸し付け条件の変更、各種事業再生スキームの活用
その3、債務整理等を前提とした債務者の再起に向けた助言、債務者が自主廃業を選択する場合の取引先対応を含めた円滑な処理への協力
つまり、金融機関から「その3」に分類されてしまった企業は、「債務整理=倒産、廃業」を宣告されたことと同じことになる。
金融庁は、表では「金融円滑化法再々延長」をうたい、中小企業延命策を採りながら、その裏ではこの法律のポリシーとは真逆の「債務超過企業への死亡宣告」を、金融機関主導で進めようとしているわけだ。
まさに、全国の約4割以上の中小企業が生死を分ける分水嶺の上に存在していることになる。
はたしてこの窮地から、各企業はどう脱すればいいのだろうか。
再生を果たした企業の手法
「金融円滑化法が再々延長になっても、これを申請した企業には『実抜計画』ないしは『合実計画』の提出が求められます。それがしっかりとできていれば、指針の分類においても『その3』に入れられることは避けられるはずです」
そう語ったのは、都内で事業再生コンサルタントとして活躍する川原愼一(SKIビジネスパートナーズ)だった。
ジツバツケイカクとかゴウジツケイカクといった聞き慣れない名前が出たが、それらはいったいどんなものなのだろうか。川原が続ける。
「正式名称は『実現可能で抜本的な事業再建計画』であり、『合理的に実現可能な事業再建計画』です。どちらも金融機関が融資先企業に対して要求するものですが、その違いは、『実抜計画』はおおむね3年以内に再建が可能な、比較的大きな規模の中小企業向け。『合実計画』は、より零細企業向けで、再建に5年程度かかる見込みの企業を対象としています」
なるほど、概略はわかった。けれど、はたしてそれらの計画書を本当につくり、金融機関と交渉して、円滑化法のポリシーである「中小企業再生」に向けて前進している企業はあるのだろうか。
川原があっさりといった。
「ありますよ。その企業は、最近では金融機関に計画書をもっていくと、『あ、社長のところの計画書は毎回素晴らしいから、もってきていただいただけで稟議も通ります』といわれています。そんな素晴らしい経営者がいますよ」
そう紹介されて引き合わされたのは、都内で印刷会社を営む横石哲男さんだった。
40代の青年社長である横石さんは、資本金1,000万円、社員35人を抱える会社を父親から継承した二代目経営者。経営を引き継いだのは、職人気質の父親に経営者としての資質がまるでなく、景気に合わせてつねに金融機関からお金を借りる自転車操業をしていたことが理由だった。
「父の経営では、わが社は私たち親子も社員も、金融機関への金利を支払うために働いているようなものです。抜本的な再建計画を教えていただけませんか」
いまから約4年前、横石さんは川原の事務所を訪ねて、こういって指南を乞うた。それまでは事業再生に関してまったく知識はなく、父のもとを訪ねてくる金融機関の担当者の姿をみて、「恐ろしいもの」としか認識していなかったという。
ところが―――。
今回、話を聞いてみると、そこに現われたのは、金融機関交渉に関してすっかりと自信をつけた、ベテラン経営者の姿だった。この4年間で、金融機関が納得する経営計画のつくり方をすっかり体得したのだ。横石さんがいう。
「私の場合は、半年に一度、全金融機関に対して経営計画を出します。その計画によって、各行への債務の年間返済額もわが社が決めますし、金利が高い金融機関に対しては『金利を下げてください』というお願いもします。最近もそのお願いをして、低金利が認められました。
時には売上げが上がって手元に現金が残ることもありますが、わが社は定期的に設備投資をしなければならないので、これを返済原資にはしません。
金融機関に対してはすべてガラス張りでキャッシュフロー表もみせていますから、手元に現金があることはわかっていますが、金融機関もこれを返せとはいってこない。つまり金融機関も返済ありきではなく、営業利益が出て、金利が支払えて、雇用が守れることを第一に考えてくれているのです」
ちなみに横石さんの企業は、川原の手によるコンサルティングを受けてから、ずっと返済条件の変更を行なってきた。つまり、融資を受けている全行に対して、一定割合で元利返済額を減らしている。たとえば5割返済というルールを独自に決めた場合、全行に対して「約定で決められた返済額の5割」しか返さない。これを「プロラタ型返済」と呼ぶ。
それでいて、全金融機関ともに金利のアップはいってきていないし、ある金融機関は「金利の減免」すら認めた。また、そうやって4年間しっかりとした関係を築いたことで、メインの金融機関は「そろそろ新規融資も行ないましょうか」といってきている。
なぜこんな交渉が可能なのだろうか。川原がいう。
「横石社長はこの4年間、事業再生の勉強に励んで、ずっと自分の手で経営計画を書いています。そこがポイントです。金融機関用に、コンサルタントに書かせたり、場合によっては金融機関内の稟議を通すために銀行員が書いたりした計画書は、作文となってしまって粗が見破られます。横石社長のように、自分で書ける経営能力が必要なのです」
横石さんが提出する書類は以下のとおり。
「経営改善計画書」「資金繰り表」「前期の反省総括と、今期に向けた経営者のビジョン」「営業報告書」「各行別プロラタ返済計画表」「決算書」
川原が続ける。
「しかも、これらの表を書き込むポイントは、けっして市場動向を甘くみないということ。つまり売上げや利益率に対しては、より厳しい目で数字をはじくことが大切です」
厳しい数字を使うほうが有利
では、横石さんは2012年の市場動向をどうみているのだろうか。
「私は、今期は横ばいとみて計画書をつくりました。東日本大震災の反動で、復興景気がくるという見方もありますが、そういう期待値は使いません。むしろ厳しい目でみた数字を使ったほうが、金融機関の担当者からも評判がいいようです」
これは、前出の庄子も同じ意見だった。
「実抜計画においては、売上げが毎年1割ずつ落ちていくという予想でもいいのです。そういう環境において、どの事業を切り捨てるのか。どうやってコストカットするのか。そういう視点が大切になります」
庄子が経験した実例では、金融機関に受けがいいようにコストカットに邁進するあまり、本来は事業になくてはならないベテラン社員を「高給だから」という理由で解雇してしまい、かえって売上げを減らし信頼をなくしてしまったケースもある。これなども、経営者の「甘い視点」で数字合わせをしてしまったケースとみることができる。むしろ熟練社員は企業の「強み」として残すべきなのだ。
では、横石さんのケースでは、プロラタ型の返済の割合はどう決めているのだろうか。川原がいう。
「プロラタ型返済の基本は、決算書で使う『減価償却費』の範囲内で返済総額を決めるということです。減価償却とは『設備の費用化』です。
たとえば、1億円で購入した機械を10年かけて1,000万円ずつ償却していくわけですから、そのぶんは企業内に現金が保留できることになります。その1,000万円を使って返済していけば、無理な返済にはなりません」
ちなみに横石さんの会社では、債務総額は約7億円。これを現在は年間約3,000万円を上限にして、6行に返済している。約定の返済額と比べれば、各行ともに約20%の返済額だ。
けれど、全行に対して情報開示して、同率で返済しているからクレームはない。むしろ金利を見比べて、高率の金融機関に対して「他行と同じ程度に下げてください」とお願いできるスタンスになる。
川原が続ける。
「横石さんが出している計画書こそが、今回中小企業に課せられた『実抜計画』『合実計画』の見本です。経営者がこれをつくれれば、金融機関から『市場からの退場』をいわれることはありません。逆にこれがつくれないと、たいへんなことになる。金融円滑化法が延長されても、そこが企業経営のポイントであることは変わりありません」
〈文中・敬称略〉
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